八戸東道院 道院長あいさつ 

 【経 歴】

岩手大学少林寺拳法部入会(20歳 327期)

1982年 八戸東道院道院長を拝命(第二世師家より)

1995年~青森県少林寺拳法連盟理事長

1995年~武道専門コース教員(現;武專教師)

2001年~武道専門コース論文審査員(現;武專論文審査員)

2006年~少林寺拳法世界連合指導員

2007年~本山・本部考試員、審判員(現;ナショナル考試員、審判員)

2009年~2017年 金剛禅総本山少林寺青森県教区長

2019年4月~本山教師、僧階論文審査員

2019年4月~東北教区総代

2020年12月15日 第二世師家としての特昇最後の授与式で、八段位を授与

嗜好品・・・日本酒

趣味・・・バイク、マラソン

道院長  原 宏 

正範士八段、少法師

こんにちは。
 金剛禅総本山少林寺 八戸東道院のホームページにようこそおいでくださいました。道院長・原  宏の「武道観」を見ていただいて、賛同していただけましたら、どうか仲間(同士)になってください。

≪競技武道の落とし穴≫
 今、世の中すべてが「競争社会」である。学校・職場・スポーツ・武道等、あらゆる分野で他人との競争を強いれられる世の中なのである。
 子ども達は、成績の上がり下がりに神経をとがらせる親の一喜一憂に、逆に神経をとがらせる。とにかく勉強でも、部活動でも、運動会でも、勝たなければ、ダメなのである。
 いつしか子ども達は、「他人に勝つことによってのみしか、自分の存在価値がないのだ。」と思い込む。そして、他人と協力することよりも、他人よりいかに優位に立つかということだけに傾注する人間と化してしまう。
 相手と試合をして勝ち、「よっしゃー」とガッツポーズを取る子どもをみると、私なんかは逆にゾッとするものを感じる。
更に、自分が痛い思いをして試合に汗するのならまだしも、自分の体は使わない、いわゆる「ポケモン」を使って戦うことに満足感を覚える子どもには、完全に失望する。
 日本がこれで平和だから、まだゾッとするだけで済むが、これが終戦直後のような極限状況下にあって、「他人のことはどうでもよい。とにかく自分がよければそれでよい。」という子ども達が、果たしてどういう行動をとるかと

考えると、そら恐ろしい。
 こうした風潮が蔓延する世の中にあって、我々武道を指導する者は、一体いかなる

指導方針に立つべきなのだろうか。
「武」の解釈はそれぞれで違う解釈もあろうが、少林寺拳法では、「自ら闘争を求めて敵を倒す技術を磨く」のではなく、あくまでも「治乱・除悪・益世」の為の修行であると考える。
試合をし、相手に勝つことは、もうこの辺でやめにしてもよいのではなかろうか。
釈尊の予言によれば、今の時代は『闘争の時代』なのだそうだ。だからこそ、そうあってはいけないという「教育」や「武道」が必要なのではないだろうか。

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